2019年11月18日

全部ホモ・サピエンスの拡散のせいだ

みなさんこんにちはすご〜く久しぶりの学芸員Aです。

仕事密度が濃くなりすぎると、仕事の効率化のために全体量を最小化、単純化しがちで、思いがけない発想やデザイン的思考が切り捨てられてしまう、ということがあります。

やはり仕事には適度な余裕が必要だと思う今日この頃です。

さて、先日出張で、長野県は御代田町のミュージアムに出かけてきました。
Hunting−狩猟相解明のためのアプローチ−」というシンポジウムに参加するためです。

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東北大の佐野先生の発表が興味深いものでした。

石器に残る衝撃剥離痕からみると、「弓矢は後期旧石器時代からある可能性が高い」というのです。第一、あの複雑な道具がほぼ同じ形で世界同時的に発生することの不自然さを説明することはできないし、それよりもホモサピエンスの拡散と共に拡散したと考えるほうが合理的だとのこと。

言われてみればその通りかもしれません。
あの矢印みたいな形Δの石器だけが弓矢の先っちょ、というステレオタイプな考えはもう駄目なのでしょう、たぶん。


さて、ほかにもいろいろと勉強になった非常に有意義なシンポジウムでしたが、それはおいといて、ちょっと面白かったことをひとつ。

ブッシュマン研究で知られる、我が国の生態文化人類学研究の第一人者、田中二郎先生(京都大学名誉教授)が基調講演でこんなことをおっしゃっていたのです。

「彼らは火起こしは大工仕事より大変だと言っていた。起すのはものの1・2分でしかないけれど、手にマメが出来るし疲れる。だから火は一度起したら絶やさないようにする。」

ですよね!

ブッシュマンといえど、手にマメが出来るわけです。
素人のワタクシなんぞ、できないはずがない。いやむしろ手にマメが出来るのが普通であって、マメのない火起こしなんて火起こしじゃない、そんな気さえしてきたのでした。

きっと縄文人もマメができたにちがいないし、旧石器人もそうだったことでしょう。マメも火起しとともにホモサピエンスの拡散とともにやってきたに違いありません。きっと全部ホモサピエンスの拡散のせいです。



ワタクシの仕事が忙しいのも拡散のせいですし、

シンポジウムへの行きの電車で乗り過ごしてしまったことも、

大石家のチャーシューメンで若干胃もたれしたのも、そうです。

間違いありません。



このシンポジウム、本当に行った甲斐がありました。


学芸員A
posted by 十日町市博物館 at 12:12| Comment(0) | 日記

2019年09月30日

バザー、フリマ、マルシェ

みなさんこんにちは学芸員Aです。


昨日の日曜日、笹山遺跡でマルシェが開催されました。その名も


Oh! むかしマルシェ


初めての開催にしては盛況だったようです。


こういう企画を通じて、身近なところに潜り込んでいるのになかなか意識できない、遠い昔の文化の影を感じてもらえたら嬉しいなと思います。


ところで、マルシェってな〜に?と思う方も結構いらっしゃるんじゃないかと思います。


つい最近でも、ものすごく身近なところで「マルシェってのは、要するに単なるフリーマーケットなんよ。」と説明するお方を見かけしましたし、今日もシルバーの作業員さんたちとお話ししていたら、かつてのワタクシ同様、そもそもそんな用語を聞いたこともないし、説明されても経験の中に思い当たるものがない、といった感じでした。

そういうワタクシもつい最近までマルシェというものを全く知りませんでしたから、似たようなものです。


あるサイトを見たら、こんな説明がありました。


 バザー ・・・特売


 ●フリーマーケット ・・・中古品。蚤の市とかガレージセールとも


 ●マルシェ ・・・市場


これだと、マルシェの説明はかなり広義で、むしろバザーとフリマが特殊な感じです。バザーとフリマ以外は全部マルシェのような気もしますが、3つとも特定の日に開催するグループなので、マルシェは臨機的な市場と見ればいい、ということでちょっと納得です。


とはいっても、この3つに共通する大事なことは、普段の生活のなかでは実現しないような新たな交流のきっかけが生まれるということです。臨機性がそれを生み出すのかもしれません。縁日的な特別感がありますから。出店者とお客さんの間はもちろん、出店者同士やお客さん同士の接点も作り出して、新しい緩やかなコミュニティを作り出していくのです。


そういうコミュニティやマルシェの具体的な将来像はまだぼんやりしていて、ワタクシにもよくわかりませんが、交流の側面からマルシェにハマる人は多いようですし、実際その場に身を置いてみると、これが地域づくりひとつの道になっていくのではないかと感じさせる何かがあります。


ところで、遺跡は過去のものを現代に残したものなので「遺産」ともいいます。

ですが、そこにあるだけでは片手落ち、というかたぶん逆に負債が膨らむばかりのような気がします。現在から将来にわたって社会のなかで何かの役に立ち続けることが必要だと思います。寺社仏閣のような現役バリバリの遺産とは違って、遺跡といわれるものは特にそうでしょう。何もしなければ廃墟か野原のように見えるかもしれません。


笹山は、火焔型土器などが国宝に指定されてからずっと「笹山じょうもん市」というイベントが開催されてきました。これに加えてここ7年余り、発掘調査に伴ってボランティアと協力してワークショップを続けてきました。そして今年、新しいイベントが生まれました。どのイベントも、ここが遺跡であることによって価値付けられたものです。


こうした活動の積み重ねが、地域にとっていいことにつながれば素敵だなと思います。


学芸員A

posted by 十日町市博物館 at 11:24| Comment(0) | 日記

2019年09月20日

博物館の学芸員は顔が見えるほうがいいか

みなさんこんにちは学芸員Aです。

博物館の学芸員は顔が見えるほうがいいか、それともカオナシのほうがいいか。これは結構真面目な話です。

個人的経験では、人前で解説させていただいたり、刊行物を出版したときによく思います。誰が話し、誰が書いたのかは、聞いたり読んだりする人にとっては興味があることだし、場合によっては必要だと思うからです。

■組織と職員

日本の行政機関における対外的な事務体制の単位は「組織」であって「個人」でないのが普通です。
組織的な決定事項について責任を負うのは組織だからでしょう。逆に言えば個人的な決定事項はありえない。民間組織も含めて、社会的な問題としてよくいわれる「責任の所在が分からない」のはこのためかもしれません。外部からみるとあまりいい感じではないですが、でも働く市民の個々人の立場に立てばありがたいものかもしれません。

いい・わるいの両面があって一概に考えるのは難しいところです。ただ、組織で行うのが普通といっても、実際のところ、ミュージアムで個人名を出さないようにする規則はありません。たぶん行政的に馴染みがない、というところでしょう。

■学芸員の業務って行政ではちょっと異質
学芸員の業務内容は、各学芸員個人の調査研究の上に成り立っていることが実際多く、業務内での完結性の高い職掌との違いが大きいことがある気がします。この範囲をどう見るかも影響するのかもしれません。枚挙にいとまがありませんが、例えば博物館にいる個人が学会賞を受賞したとき、当該博物館がプレスリリースをする・しないの判断はわかれます。職務的に行った研究でも個人研究でも、です。
前の記事で、博物館活動奨励賞を伊丹市昆虫館さんの3名の学芸員が受賞した件を紹介しました。このとき、伊丹市さんはプレスリリースをしました。でもそれよりも前に受賞した小樽市総合博物館さんは学芸員が教育長報告する場にメディアを招いていました。小樽市さんの公表方法は、内部の報告会だけど取材してもいいよ、という形であり、これはなかなか考えたと思いました。もちろん公表しない自治体もあります。対応はそれぞれなわけです。いずれも業務において行っていたことについて個人名で受賞したというところが考えどころです。

■美術手帖

美術業界ではこの問題が取り沙汰されることが多いようで、「美術手帖」のウェブサイトでもこのことが記事になっていました。

美術手帖 2019.5.15
学芸員は名前が出せない? 美術館の(奇妙な)現状を探る

2019-09-20_学芸員の名前1.jpg

「美術手帖」は、美術業界では個人名を出すほうがいいのではないか、と考えています。
欧米の美術館の例が挙げられていました。欧米をひとつつにまとめることもできないと思いますが、学芸員の基本的な地位の高さ(大学・研究機関の所属と同じ)や、学芸員を含むスタッフそのものが組織の貴重なリソース(資源)や誇るべき財産とする考え、もっと広く見れば個人を尊重する社会的風土が背景にあるかと思います。したがって、展示のキュレーションをするということ自体が業績の一部となりますし、またフリーランスのキュレーターの存在も一般的です。その意味では、社会や組織における個人をどうとらえるかによって、個人名を出すべきかどうかが変わる可能性があるといえるかもしれません。
日本の美術館でも、熊本市現代美術館や福岡市美術館のホームページでは学芸員の紹介が掲載されています(下記リンク)。消費者からすれば、何ら困るものではなさそうですし、むしろ地元の博物館にイイ学芸員がいれば自慢できたりして好意的に見ることもあるかもしれません。

 熊本市現代美術館 スタッフ紹介
 福岡市美術館 学芸員等スタッフ紹介

■滋賀県立琵琶湖博物館で

なにも美術業界だけが「顔出し」ムードというわけではありません。滋賀県立琵琶湖博物館では、展示室間の通路の壁面に、ずら〜〜〜っと学芸員の写真つきプロフィールや博物館での活動内容が掲げられていました。個人的にはとても面白くて、自分のご専門と職務内容とが一致している人もいれば、ちょっとずれている人もいたりして、目を引きました。もし博物館に訊きたいことがある時はこれをみれば何について答えてくれそうかどうかもわかるかなと思ったりして、親近感がわいたものです。

■みなさんはどうですか

最終的な結論は見つかりそうもありませんが、行政機関としてのミュージアムにとって重要なことは、どうすることがより「公共の利益」にかなうかに帰結するだろうと思います。「顔出し」することで何か困ることがあるのかどうか、またどんないいことがあるのか。これを考えることは博物館や学芸員が公共に果たす役割について考えることにつながります。結構真面目な話です。

みなさんの博物館はどのようにしているでしょうか。また、みなさんにとって学芸員の顔や名前が見えるほうがいいでしょうか。


学芸員A(←!)
posted by 十日町市博物館 at 12:13| Comment(0) | 日記