2018年12月13日

異獣の胸毛

みなさんこんにちは学芸員Aです。

先日ある洞窟を見に行きました。

なんでも、そこに旧石器時代とか縄文時代の人の痕跡があるとかで、

現在も絶賛発掘中なわけです。

さらに素晴らしいことには、

その洞窟は発掘前から既に洞窟カフェとして利用されており、

日本で、いや、世界で唯一、

「発掘しているところを見ながらコーヒーが飲める場所」

になっています。



もうひとつ興味を引いたことがあります。

お土産としてこういうのが売っていました。


 古代人の胸毛


なかなかの衝撃にワタクシの目の前でまとめ買いする人が続出しており、

その勢いに流されてワタクシもレジに並びかけたのですが、

なにか複雑なブレーキがかかって結局買いませんでした。

でもいま思うと、買っておけばよかったかも、という気も。

だって二度とお目にかからないでしょう、きっと。


この商品、もちろん本当の胸毛が入っているのではなく、

中に乾燥モズクが入っていて、

パッケージプリントの「古代人」の胸部分がすけて中が見えるのです。

なるほどと思わせる仕掛けでした。

ワタクシのとった画像はこれ。

2018-12-13_ijutotakesuke02.jpg



あまりにもひどい・・・・。なにがなんだかさっぱりわかりません。

この時の心のブレーキの具合を表しています。 やはり買っておけばよかった。

これじゃダメなので、検索してみたら、ありました、ビバ!ネット。

洞窟カフェのスタッフブログにあります、コレです

そうそう、「30倍返しだ!」とかが意味不明だったことを思い出しました。


この遺跡のカフェもお土産も、

文化財というのは利用してナンボという部分がありますから、

本当に参考になるわけです。

2018-12-13_ijutotakesuke.jpg
(「十日町市文化財地図」より)


ところで、昨今話題の「異獣」さん(上の画像左の黒いキャラ)。

思い返してみれば彼にもけが豊富に生えており、

むしろ古代人なんかよりもずっと沢山の胸毛をお持ちでいらっしゃいます。

だから当然、こういう発想も生まれてくるわけです。


 異獣の胸毛


どうですかこれ。

出没地のひとつである池谷の特産品に!

・・・・(なるわけない)



学芸員A
posted by 十日町市博物館 at 15:43| Comment(0) | 日記

2018年12月12日

重松あゆみ展、再び

みなさんこんにちは学芸員Aです。

京都市立芸大の重松あゆみ先生の陶芸作品の展覧会

大阪で開催されています。

2018-12-12_shigematuayumiten2.JPG

同年のうちに何度も・・・すごいですね。

今回も栃倉テイストが充満しています。

もし縄文文化を象徴するものの一つが「炎」だとするなら、

栃倉式土器ほど縄文っぽいものはないような気もします。

ゆらゆら動く炎のようだから。

いつまでも見つめてしまう、そんな魅力があります。


先生方は、もちろん国宝の火焔型土器もご覧になりましたけども、

でもそっちには飛びつかなかったんですね。

そういえば、かの岡本太郎さんも

最初に本当に感激した土器は火焔型土器ではなく、

縄文早期の地味な土器だったといいます。

ラベルなんか見てない。


十日町市博物館と笹山縄文館をご案内したときのご縁が

こうして素晴らしい形になっていることに感謝、感激です。


12月10日(月曜日)から22日(土曜日)だそう。

お近くの方は特に、是非。


学芸員A
posted by 十日町市博物館 at 09:23| Comment(0) | 日記

2018年11月30日

支出の10パー貰えたらウハウハ

みなさんこんにちは、

いま世間では給料もらい過ぎてるとか、

それを隠していたとかの問題で連日ニュースになっていますけど、

その額が行政トップの内閣総理大臣さんの基本給(月200万円ほど)と違いすぎるので、

まったくもってピンと来ない学芸員Aです。


こういう時はやっぱり歴史に訊いてみようそうしよう。



江戸時代末期、

各藩の財政はどこも逼迫していて火の車。

そのシワ寄せが農民にも及び、騒動や一揆が頻発して、

武士だけでなくみんなが困っていたわけです。

尊王であるとか攘夷であるとかいうまえに、経済がうまく回ってない状態だったわけで、

それが「維新」の基本的な動機の一つになっていたのです。


そんなことは誰でも知っているかもしれませんけど、

では一体全体何がどうなって逼迫するのかというはあんまりよく知らない、

ワタクシもよく知りませんでした。


1870年(明治3年)、政府は藩制を布告して藩政改革を命じました。

そのなかに財政支出基準の制定が含まれていまして、

各藩から政府に財政改革の報告書というのが提出されました。

高田藩の収支見込みというのが

新潟県史(通史編 近代1、190頁。および資料編 近代1、738頁。)に掲載されていますので

これにみるとビックリするというか、大変なことになっていたのが分かります。


高田藩

 収入
  48,405石
 支出
  知事家禄 4,841石(10.0%)
  海陸軍資 4,356石(9%)
  士卒家禄 22,571石(46.6%)
  など

・・・

家禄とは要するに給料のこと。

知事、つまりは大体において旧・藩主が歳出の10%貰っているという衝撃の事実が明らかになります。

しかも士卒(旧藩士)もとい行政職員の給与が46.6%もあります。

あわせて56.6%、おそるべき比率です。

高田藩はいまの上越市の中心に相当してまして、

参考までに上越市の2018年(平成30年)度の一般会計歳出予算を検索してみると、

1,076億6,107万円です。

もしも、仮に、このうち10%が市長の給料になっているとしたら

どうでしょう、、、、


107億円!!!


もう開いた口がふさがらない額です。

余りの額の大きさに、1億円以下はつい省略してしまったほどです。

高田藩が悪いのではなくて、村松藩も与板藩も10%です。これは政府基準なのです。

多分ですけど、これでもかなり削った結果でしょうから、

幕府時代はもっとすごかったんだろうと思います。

こんな調子じゃ財政がひっ迫するはずなのです。あたりまえだのあたりまえ体操です。

でも、貰う方からしたらウハウハとしか言いようがないわけでして、



「うひょー!藩主やめらんねー!」



ってなるに決まってます。

これに比べたら冒頭のニュースで報じられている額なんて

どうってことないことが分かるわけですが、

そういう問題ではなく、

とにかく給料の貰い過ぎには注意が必要だということがわかったところで

今日はお開きにします。



学芸員A
posted by 十日町市博物館 at 15:50| Comment(0) | 日記