2017年06月23日

新潟版図柄入りナンバープレート

みなさんこんにちは学芸員Aです。

ナンバープレートに図柄を入れて地域振興や観光振興に役立てよう、

国土交通省さんのそんな施策をうけて、

新潟県の「新潟」ナンバーと「長岡」ナンバーとにつける図柄を募集するそうです。



2017-06-22_nanba-pure-tozugara.jpg


さてどんな図柄がいいかな〜〜〜と考えるわけですが、

って、ここでの結論はもう見えてますね。

このブログですから、そりゃあ、決まってます。



火焔型土器。



はい。


でも、上記リンクのページ下部の方にあるサンプルをよく〜見ると、

図柄が入れられる範囲が不整形で、

しかも目立つ部分が複数ある構成なのが分かります。むむむ。

図柄を一か所にどーんと入れれば済むというモノではなく、

ある程度、面的にメリハリのある展開が見込めるデザインがいい、と感じさせるのです。

となると、火焔型土器だけでは、きっとあんまりパッとしない気もしてきます。ぽつーん感、満点。

じゃあ、どうすればいいか・・・・、、、すぐには思いつきませんが、

これ、結構、難題です。

みなさんも是非、火焔型土器でご応募ください。


 
学芸員A
posted by 十日町市博物館 at 09:00| Comment(0) | 日記

2017年06月21日

大英博物館の縄文土器

みなさんこんにちは学芸員Aです。

2015年4月から2016年1月にかけてこんな巡回展がありました。

「大英博物館展−100のモノが語る世界の歴史−」

もちろんウチでじゃありません。

東京都美術館さん、九州国立博物館さん、神戸市立博物館さん、です。

その時の公式カタログが十日町市博物館の図書室にありまして、

ワタクシはこれが大好きでよく見ています。

2017-06-19_daieihakubutukannojomondoki.JPG

主催者によると、

「BBCラジオの企画内容を、是非、展覧会の形で紹介したいと

日本側から提案し実現に至」ったものだそうです。

−「大英博物館展−100のモノが語る世界の歴史−」筑摩書房、2015年、2頁より

その序文に大英博物館長さんの言葉が掲げられています。

大英博物館は

「勤勉かつ好奇心にあふれる人々」のために存在しており、

「本展はモノに備わった特異な力を引き出してその来歴を語らせ、

 世界各地を結びつけます。これはモノが語る歴史なのです。」

というものです。なんだかとても恰好いい感じなのです。


で、この「100のモノ」のなかにいくつか日本産があって、

そのなかに縄文土器もあるんだということを、

誰かが話題にしたという話題を最近きいたので、

好きなカタログのことでもあるので、ワタクシも話題にしてみるわけです。

尻馬に乗るとはこのことでしょうか。


パラパラ開いてみると、日本産として選ばれた展示品は次の6つでした。

 006 縄文土器(深鉢、浅鉢、壺)
 051 和鏡
 066 三島(皿、碗)
 073 柿右衛門の象
 089 北斎漫画
 091 自在置物(ヘビ)

英国から見るときに日本を代表する「モノ」はこの6つなんだ、

という見方もいいと思いますが、

ここでは上記の主旨をフィルターにして見通して、

日本と世界をつなぐモノの代表というのも良いかもしれません。

世界と繋がっているという「コト」を語りうる「モノ」ということです。

それだけに、縄文土器の説明は、

説明の半分は縄文土器の文様、使い方、生活様式について、

そしてあとの半分はこの土器が博物館にもたらされた経緯に費やされています。


内側に金箔が貼られ、19世紀に日本の茶会で水差しとして使われてのち、
 

ハインリッヒ・フォン・シーボルト
 (在東京 オーストリア=ハンガリー帝国公使館)
 ↓
オーガスタス・ウォラストン・フランクス(大英博物館)

の手に渡ったのではないか、といいます。

それが「世界」と日本のつながり、ということのようです。

「世界ってなんだ」と考え始めるともう一つのフィルターに頭を抱えることになるので、

それは考えてはいけない雰囲気です。

同時代におけるつながりだけでなく、

現代にいたる間のつながりにも価値がある。

そんな評価の仕方。時空を超えたその見方に、ちょいと心躍りました。


学芸員A
posted by 十日町市博物館 at 09:00| Comment(0) | 日記

2017年06月19日

鯖石川ダム

みなさんこんにちは学芸員Aです。

先日、お隣にある柏崎市の鯖石川ダムに行ってきました。

「ダムカード」を配布しているダムのひとつだからです。

すご〜〜〜く小さなダムでしたが、散策してみると案外楽しい場所でした。

その小ぶりさが、想定していた時間にちょうどいいってこともあります。

あと、トイレの充実はポイント高いですね。


ダムの上を歩きながら、ダムって陸橋みたいだな、と感じました。

陸橋っていうと、日本列島の氷河期の一つのトピックだから、職業柄なんとなく思いつくわけです。

朝鮮半島と対馬の間が最終氷河期に陸地化したか、しなかったかがよく取り沙汰されます。

それが動物や人類の出入りと関係しそうだからです。

まだ明確な結論は出ていませんが、

列島の哺乳類相への外部からの影響は、

約30万年前のナウマンゾウなどよりも後には見られないのは確かなので、

仮に陸橋があったとしてもそこを動物たちがどど〜〜っと入ってきたということはなさそうです。

他方、北からの流入に関しても東シベリアから北海道までマンモス動物群が入ってきますが、

津軽海峡は陸地にならず、「氷橋」が形成された(かもしれない)ので、

動物群も東北日本にちょこっと入ってきたと想定されています。

人類はどうだったのか。

海を渡れる(たぶん船があった)彼らにとって、陸橋の有無は関係ないようです。

約38,000年前に列島に到達したようです。もちろん陸橋はありません。

それから弥生時代の始まりまでの間、

つまりは後期旧石器時代から縄文時代、どういう出入りがあったのかというと、

約30,000年前と約15,000年前くらいに外部交渉があったっぽいですけど、

なんせ証拠が石器群だけなので、情報が間接的でぼんやりしています。


Y染色体ハプログループでみると、

縄文時代は西日本〜沖縄と東日本とでは同じグループ内の異なるタイプが分布するそうで、

なぜそういう変異が生じているのか、今後分析が進めば分かっていくのだろうなあ・・・

はやいとこ次世代シークエンサーとやらでバンバン分析してほしいなあ・・・

とモヤモヤ考えているうちにダム周辺の公園の散策を終え、

ダム道路の真ん中に止めた車に戻ってきました。


ぼんやり考えごとをしていてダムの写真を一枚も撮らなかったことが悔やまれます。


学芸員A
posted by 十日町市博物館 at 13:27| Comment(0) | 日記